2017年12月14日

人生初のインターンシップに参加するよ



やっと前回から動きがありましたね、ヤナの就活生日記です。大学3年生です。

今まで何してたかというと、まあ、マイナビにやっと登録したって前回記事にしましたが、その後マイナビで精力的にイベントやインターンにエントリーするも不調期に入り全部ぶっちするという糞みたいなことをしてました。

しかしね、今回のこのインターンシップだけは行っとこうと思いましてね。

っていうのも、このインターンシップは私のバイト先の親会社が開いてるものなので、とりあえず行っとこうかなあっていう。様子見というか。

正直わんちゃんはそんなに考えてない。いうてただのしがないいちアルバイターなので。

でもまあ、私人生で沢山転勤をしたいんですが、そういう意味では支店がたくさんあるだろうしアリだろうなっていう。
入りたいかはまた別だけど。

でね、インターンシップだからスーツ着なきゃいけないわけです。

私は就活用のスーツなんて買ってないわけです。

あのね、都会の人たちには想像できないかもしれないけど、地方民は本当に就活への意識が低いからね。エントリー数からインターンシップ数から準備期間から何もかも少ないんですよ。都会民より。
そしてそれを知っていても何もしない私。ははは。

で、スーツは買ってないけど大学の入学式に買ったスーツはあるわけです。太ってないようだったから一応入った。よかった。

ちなみに、私はFtM経由のtXなので、未だにスカートに抵抗がある。よってパンツスーツ。だからスパッツ?ストッキング?も膝下用とかでオッケー。いいね!その代わりもうこれ以上下半身は太れない、座るときに腿がはち切れる。

で、困ったことに、コートがない。フレンチコート?トレンチコート?(違いがわからん)だかなんだかがいいらしいじゃないですか。そんなおシャンなもの持ってないです。

あとマフラーもモノクロのものがいいらしいじゃないですか。色あり柄物しか持ってねえ。

あとはバッグね。ビジネスバッグなんて持ってない。てか物が全部入りきるの?パンパンになりそう。

ってことで、早急にそれらを買い求めなきゃいけないわけです。

・フレンチorトレンチコート
・ビジネスバッグ
・モノクロマフラー

これらを買うためにお金を下ろさなきゃいけない。だるだる。めんどくせ。


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posted by ヤナ at 12:14| Comment(0) | 就活生日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

Déjame escribir en español un poco, porfa...


Para ver si me encuentran o no...

Escribo normalmente este blog en japonés pro quiero saber si hay gente hispanohablante que me encuentre si lo escribo en español.

Si sí, pues, encantada. Mucho gusto de conocerte.

Pues, como casi todos los japoneses no saben leer español, te digo mi secreto aquí. No lo he dicho a nadie todavía. Sólo entre nosotros ya que es una cosa muy sensible.

Hoy fui a ver a un psiquiatra ya que llevo muchísimos años de mi vida con la depresión, como había escrito en este blog en japonés.

Por si no sabes leer el japonés te explico un poco de mi vida.

Tengo 21 años y me obtuve la depresión desde cuando entré en la secundaria, los 12. Entonces me sentía demasiado mal mental y físicamente. Todos los días, todos los momentos quería morir. Eso me duró por 7 años hasta el primer año de la universidad.

Como voy a la universidad que está afuera de mi ciudad, empecé a vivir sola por la universidad, separada de mis papás. Y eso me ha estado sirviendo muy bien para sentirme mejor, menos estrés y me estoy mejorando desde entonces. Ahora me siento mucho más mejor que antes pero todavía siento que tenga depresión, confusión y flojera grave.

Y como ya estoy en el 3º año de la carrera, necesito empezar a buscar mi trabajo permanente (me imagino que para ustedes es algo raro pero así es el ritmo de la sociedad japonesa). Esa actividad nos quebra la mente, dicen, y por eso me preocupo de la mía. No puedo faltar esta oportunidad de la búsqueda porque es demasiado difícil encontrar trabajo después de su temporada en Japón.

Sí, así fui a ver a el psiquiatra y él me hizo unos exámenes.

y los resultados eran:

No eres ADHD.
Tienes la mente en la condición entre saludable y depresiva.

Pues... Entonces yo tenía la mente depresiva al menos hasta que me mudé para vivir sola, verdad?

Con razón estaba bien sufrida...

Esto es mi secreto que obtuve hoy. No he dicho ni avisado a nadie menos ti.

Saludos y cuídate mucho.


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posted by ヤナ at 22:43| Comment(0) | en español | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中学生の頃の体調・精神状態がヤバかったというと必ず聞かれてモヤモヤする質問


「親はそれに気付かなかったの?」

「親は病院に連れてったりしなかったの?」

中学生の頃の体調・精神状態がヤバかったというと必ずこの2つを聞かれますね。私の場合、今までその症状に関して病院に行ったことがないので。

で、そう聞く彼らの本音っていうのは、恐らく

「一番近くで見ている親が気付かなかったり気にしたりしていないなら本人が勝手に深刻に受け止めているだけで実際は大したことないのでは?」

ってとこなんだと思うんですよ。

あのね、これはね、二重苦です。

病的な体調不良と精神状態の悪化が一重苦だとすると、毒親が二重苦目です。

そりゃあ普通親が子どもの身体・メンタルの健康をないがしろにした対処、二の次にした判断をするなんて思わないですよね。

分かる分かる。私も今になってやっと「なんであの時何もしてくれなかったの?なんで親なのに、一番近くで私を見ていたはずなのに、異常に気づいて助けてくれなかったの?」って思うんだもん。


うちの毒親の場合はね、私の症状を知ってるのに無視です。無視というか、重要なことと思ってないというか。見て見ぬふりというか。過小評価というか。

私もうずっと様々な異常を訴えてきたのにね。取り合ってくれない。むしろ責められるし嫌味言われるし怒られるし厄介がられるし。

彼らは、というかうちの毒母は、私に「普通」でいてほしいので、私が「異常」な状態だって認めたくないんですよ。だから私がどれだけ何かがおかしいと訴えても、助けてくれと表現しても、取るに足らないことで特別注意を向けるに値することではないと扱ってきたんですよね。
一人の人間の人生をなんだと思ってんだ。

ちなみに、うちの毒父は人間じゃないので私が体調悪かろうが精神がおかしかろうが関係ないです。関わりがないし。気にも留めてないです。自分の邪魔になるときに癇癪起こして怒鳴るだけ。どうしようもねえな。

そういう訳で、なんとも当時の辛さや深刻さを理解してもらえないんですね。

鬱だったって言える人と毒親持ちだって言える人が被るわけじゃないし、同時にその両方のカミングアウトをされる側も大変すぎるでしょ。混乱するだろうし。可哀想だしね。重荷すぎ。

そしてさらに言うと、本当はここに私のセクシャリティ問題が重なってるんですよ、本当は。それを話すとより重苦しくややこしく複雑なことになって相手にとって知らない世界×3になってしまうので、さすがにまだやったことがない。可哀想だからできない。ははは。

まあそう言ってる私はひどく孤独な感じがしますね。この3つが重なってて分かってくれる人って周りにそうそういないよね。


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posted by ヤナ at 11:38| Comment(0) | カウンセリング・病院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

一回も家の外に出ず誰とも喋らない日があるのって変なんだって



タイトル通りです。

『一度も外に出ず、一度も他人と喋らずにいる日があるのは普通ではない』らしいです。

今日はね、カウンセリングに行ったんですよ。そこでね、ちょっとお話したんです。カウンセラーさんと。カウンセリングだから当たり前か。

私の気分が安定しないこととそのせいなのかできる日とできない日が極端なのが困るってお話をしたのさ。

それこそ、今はバイトでそんな風になっちゃうわけだけど、これが就職してからも続いたらより困るし、なんならそもそも就活のときに超絶困る。超不利益。超損。

で、なんで気分がそんなに変わるんだろうね〜、何かきっかけがあるのかな〜って話になり。

まあ結局きっかけは今回は見つからなかったんですがね。

今更思いついたけど、フラッシュバックが多いからフラッシュバックによって気分が沈んでいる可能性isあるだな。

まあ、そんな感じで、とりあえずのアドバイスをもらったんです。

「バイトと週1の授業以外で外に出ないです」って言ったら、とてもびっくりされてしまった。「一日も家から出ない日があるの?」って。だいたいそうです、って言ったら、「ちょっとでもいいから外に出なね」と言われた。

どうも、家の中に一人でずっといて誰とも話さない状態というのは刺激が少なすぎて良くないらしい。

私は一日も家から出ずに誰とも話さずに過ごす日が一番安全で落ち着いて楽しいし昔はそれを希求していたので、幸せな時間だなあ〜と思っていたんだけれど、ダメなんだって。

散歩とか行きなさいって言われた。こんなに寒いのに???着替えるのもだるいし、行きたいところもやりたいこともないのに…

と思いながら「はい」と返事をしました。

「しんどいときは買い物行くだけでもいいから」と言われたけれど、そう言われるまで私は「アパートの下までゴミを持っていくのも外に出たことにカウントされるかな?」とか思っていたのでハードルが高いなあと思う。

散歩って、何すればいいんだろう。
散歩について調べようかなあ。

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posted by ヤナ at 16:56| Comment(0) | カウンセリング・病院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

使わないハンドクリームをなぜだか私が欲しがる理由の考察



考察なんて大したものではないけれど、使わないことが分かっているハンドクリームをなぜ私がここまで欲しがるのか考えてみた。

というか考えなくても薄々わかる。

デザインがおしゃれだから。

私おしゃれとかあんまり気にしない方の人間なのに、ハンドクリームのパッケージが可愛くって手元に置いておきたい。

使わないけど、所有してときどきそのデザインを見ることができるだけで癒される。

見る度に「あ~やっぱこれ可愛いわ〜」ってなる。

そしてそれが私へのエンパワーメントというか、癒やしというか、ストレスを減少させる行為というか、まあそんな感じのものになる。はず。

だから使わなくってもいいのだと。実物が手元にあって眺められるだけで幸せ。それが目的。



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とか思っていたから軽率に買った。

しかもハンドクリームだけじゃ飽き足らず、ボディーミルクまで。
結構値が張るんだね、女性用のケア商品というのは。2つで1000円ぐらいしたよ。使わないのに。

いや、まあ、少しずつでも使っていけたらいいなと思っているけど、なんせ私は今までに貰ったり買ったりしたものをたらふく溜め込んでいるわけですし。

化粧水2本とクリーム2本と乳液2本とオイル系4本がもう既に手元にあるんですよね。そこにボディーミルク(これはクリームなのか?)とハンドクリームを追加してしまったと。

お馬鹿か。

めっちゃ美容に対する意識が高くて日によって使い分けます!みたいな人でもないのにこんなに持ってる意味ある????腐るよ????

まあ自分で言ったところでどうしようもないですけどね。あと収集癖あるから多分それ。

とにかく、まあ冬なので、寒くても乾燥対策にちゃんとスキンケアしていこうと思います…

早く一つずつでも使い切っていかなければ無駄にしてしまう…

posted by ヤナ at 21:21| Comment(0) | 美容・健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

同じ土俵にいると思われてディスられるのが辛い



前記事「同世代との圧倒的な人格・経験・能力・知識差に対する私のスタンス」で、「自分が同世代と同じ土俵にいないことを自覚し、周りを気にせず自分でコツコツと基本的なレベル上げをする」という話をした。

しかし、何も言わなければ周りから同じ土俵の劣った人間と見なされる。それは、説明しない限り、しょうがないことである。

しょうがないから、そう見なされることは、まあ、諦めている。現状だけ見れば一点の曇りもない事実であるし、私だけが私に必要なことを分かっていればいいのである。私が周りに惑わされなければいいのである。

でも、時々、私が彼らよりレベルが低いことに浸け込んでか、延々とマウンティングをしてきたり人格否定をしてきたりお前は劣っていると言い続けてくる人間も、いる。本当にいる。普通にいる。何なんだろうな、あいつら。

正直そういう人間は私をそう酷く蔑んで扱うことで、本人の優越感なりプライドなり自尊心なりを満たそうとしているのであって、私をサンドバッグにしているのだと思っている。

が、そう思っていても腹が立つことに変わりない。むしろ私がそのための道具として扱われ、人間としての扱いを受けていない理不尽さに憤りを感じることは避けられない。

基本的にそういう人間からは離れることにしているが、職場だったりゼミだったりと、特定の選べない環境にそういう人間がいると、非常にストレスである。

それがあまりにも続くと、そりゃあ反撃もしたくなる。

しかし、その術が私にはない。
いや、なかった、とでも言うべきか。

なぜなら、私に圧倒的な人格・経験・能力・知識差を与えた出来事が、他人にそうそう簡単に吐露できるような内容ではないからである(前記事参照)。

そもそも、私を自尊心維持のためのオナニーに使う人間というのは、私のセンシティブな人生経験を伝えるに値しない人間である。仲のいい信頼している大好きな友人にすらなかなか言えないのに、そんなやつに言えるわけがない。

しかし、私にはそれなりの理由があって彼らと同じ土俵に立っていないこと、立っていると思っていないことを分からせないと、奴らは永遠に私に嫌味を言い、私にストレスを与え、HPを削り続ける。

それに耐えられなくなった状況が、ちょうどこの前あった。

そう、以前かなり愚痴を書いた、「住み込みバイト」のときである。

親しくもない同級生に、その子のストレス発散のためか散々嫌味やマウンティングをされ、酷い言い方をされ、挙句親しくもないのに私の人格がいかに社会的に歓迎されないものか、いかに私がその子より劣っているかを異論は認めない形で説かれた。

その子は私を「同じ土俵の劣った奴」であり、だからこそ「ストレス発散に使い捨てて良い」と思っていたのだろう。

勿論、私は腹が立った。1週間毎日そんなことをされ続けるのである。親しくもないのに。

耐えられなくなった。

私は、そのような人間に対抗する術は自分にはないと思っていた。

しかし、私は見つけてしまったのだ。そいつをそれなりに黙らせる方法を。

私は、自分が鬱病のようなものであったことを、カミングアウトした。

奴は鬱病は専門外のようなので、鬱病は完治しないこと、治るのに時間がかかること、今思えば身体的にも精神的にも不健康な時期が長かったこと、病院に行く機会がないまま私はここまで来てしまったこと、そして今は最盛期よりもかなりマシであること、だからこのまま自分でなんとかしようとしていること等を、打ち明けてしまった。

私は、これを、"信頼しているから"打ち明けたわけでは決してない。むしろ、その子を憎んでいる。今でも嫌いだ。

私は、それを、"牽制"として、"威嚇"として告白したのだ。

俺はお前と同じ土俵にいねえんだよ。
お前は勝手に俺のことを知ったような口を聞くが俺にはお前と違った俺の背景があって今の俺になってんだよ。
お前が知ったような口で言っていることはその背景をとらえていない時点で空振りに近いんだよ。

勿論、その子からはいくつも私が何千回も考えたような改善策を提案された。

「病院に行ったら?」
今これだけ健常者の成り損ないぐらいに擬態できているのに行ったところで手遅れでは。そもそも診断がついたらついたで就活に支障が出る。

「じゃあ大学でカウンセリングしてもらったら?」
してもらってた。入学したての健康診断で呼び出しを喰らってそれから暫くカウンセリングされてた。でもあそこの人は広く浅くの人だから、鬱病やらなんやらだけに特化していない分対して役に立たない。

「じゃあ大学外でカウンセリングしてもらったら?」
お金がない。し、留学先ではカウンセリングに通っていたが、収穫がなかった。今たくさん本を読んで自分が鬱病のようになった原因も大体把握できたし、自分でセルフカウンセリングした方が良いと思う。実際にこれだけ回復しているし、もうカウンセリングに通う段階(レベル)の症状ではないと思う。

こうしてその子は、黙った。

少なくとも、その日は。

まあ単純に、鬱病患者(仮)をあまり刺激すると良くないと思って自制したという可能性は大いにあるが、いずれにせよあの攻撃が止んだことは私にとって、私の精神にとって、幸福なことだった。

しかし、私は、そのエピソードをそんな風に使ってよかったのか、未だにわからない。

これに味をしめて、私はこのままこの方法を使い続け、自分が周りと同じ土俵に立たなくて良いことを正当化するのではないか。

そうなることが、とても怖い。
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posted by ヤナ at 19:41| Comment(0) | 精神的なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

同世代との圧倒的な人格・経験・能力・知識差に対する私のスタンス



大学に入ってある程度同世代の人間と関わるようになって気づいたこと。

私は精神的にも能力的にも知識的にも経験値的にも同世代より遥かに下にいるということ。劣っているとは言いたくないけど、まあ一般的に言えば劣っているとニアイコール。

なんでこんなに差があるかの原因は、まあだいたい検討がついている。

まず、毒親。

うちの毒親は他人に借りを作ったり私関連の人付き合いをするのが嫌だったりで、様々な子供向けの行事は私を含めて参加拒否、私が他の家族と関わる可能性があることは禁止等など、私から様々な経験をする機会や様々な人・家族・社会・世界と触れる機会を奪った。

家族仲自体も良くない(なかった?)ので、家族で何かするということもなかった。私がまだ幼い頃は旅行なんかに半年に一回行ったり行かなかったりだったが、毎回旅行中に親が喧嘩するので行かなくなった。(そういえばこの間私が帰省したときに近所を家族皆で散歩をしたが、そのときにも途中で親が喧嘩をしだして結局別々に家に帰ったなあ。何なんだアイツら。)

ちなみに、両親とも親戚との仲も良くないので、私は外の世界と触れる機会が本当に少なかったと思う。

あとは高2の終わりまで最寄り駅から2駅以上離れたところに行くことを禁止されていたので、それも私がいろいろなことを経験する機会、そしてそのようなことに興味を持つ気力などを奪ったと言えよう。

次に、性自認。

何度かこのブログにも書いたが、私は元FtM自認だった。中2の終わりぐらいまで。

中2の終わりに「私は男になりたいのではなく女でいたくないのでは?」と気付き、そこから中性自認となった。まあ中性と言っても、どこかの本やインターネットで調べて見つけたXジェンダーの中性・無性・両性みたいなものの中の中性というわけではなく、自らが考えて生み出した概念としての中性だったので、実際はXジェンダーで言う無性に近かったと思う。

しかしまあ、幼い頃からずっと自分のことを「男になりたい人間」だと思っていたので、自分を中性(無性)だと自認しても感覚や発想はなかなか変わらず、第二次性徴も制服のスカートももう色々なことが嫌だった。大変だった。

で、これがなぜ同世代との精神・能力・知識・経験的な差に繋がるかというと、毒親の件とも合わさって次のこの点に繋がるからである。

「抑鬱」

正直、本当にずっと思っているのが、当時のあの状態はうつ病と呼んでいいのではないかということ。でも病院に行かなかったから診断もないし、実際のところは分からない。

しかしたとえアレが病院に行っても「うつ病」と診断が下りないものだったとしても、確実に「健康な状態じゃなかった」ということだけは言える。

アレが鬱病じゃなかったのなら、また違う名前の何か不健康な状態だっただけと言いきれる。なんだか記事が予想以上に長くなってしまっているので詳しい症状などは割愛するが(他の記事にでもしようかな)、とにかく、精神が健康じゃなくなった。そのピークは中学生。

人が怖かったし、人と関わる気力もなかった。自分のことでいっぱいいっぱいで、死にたいことと死ねないことでいっぱいいっぱいだった。そんな人間が学校で他人とまともに関われるはずがないし、学校以外の用事で外に出れるわけもなく、かと言って家の中で何か有意義なことをする気力もなく、本当に文字通り、ただただ何時間も閉め切った自分の部屋の床に座って死にたいと考えたり泣いたりボーッとしたりしていた。

そんな風に生きていて能力やら経験やら精神やら知識やらが成長するわけがない。

中学は3年間まるまるそんなかんじで過ごし、高校はそれのちょっとマシみたいな過ごし方をした。部屋から出られる時間が増え、リビングでテレビを見ることができるようになった。でも家からは出なかった。友だちとも遊ばなかった(し、やっぱり友達がそんなにいなかった)。そもそも2駅以上離れたところには行けないし。

まあそういうわけで、私は少なくとも中高の6年間の成長の機会を完全に失った。

この6年、大きい。大きすぎる。世間の言う、青春真っ只中の6年。そして22歳の人間にとっての6年。

勿論、毒親の影響は私が一人暮らしを始める18歳の頃まで直に毎日受けていたので、22歳にとっての18年とも言える。けれども。

とにかく、そういうわけで、私は同世代の人間よりも精神的にも能力的にも知識的にも経験値的にも成長不足であると分析している。年相応でない、と。

大学に入った頃、私はその事実を同学年の子らによってまざまざと見せつけられて、酷く気に病んだ。

まあそうでなくとも全人生を毒親と過ごしていたのでその毒っ気が抜けておらず、大学1年の頃は病みっぱなしだったが。

勿論、今でもその格差を日毎にビシバシ感じる。実際に格差が存在しているのでしょうがない。

ここからがこの記事のタイトルの本題なのだが、それではこの圧倒的な差に対して私がどのようなスタンスで生きているか、ということである。

私は、自分のことを人間4年目だと思っている。
周りには言わない。頭おかしいとかネタだと思われるだろうし、ちゃんと説明したところで理由つけて甘えんなとか思われるだろうから。

でもとにかく、私は私が同世代の人と同じ土俵に立っていないと思っている。

勿論、周りからすれば同じ土俵にいると思われていると思うし、そういう扱いも受けるし、実際に同じ土俵で戦わなければならないのだが、私の中では違う土俵に立っていると言い聞かせている。そして、だからこそ、周りとは違うから焦らなくていいよ、違うのは当たり前だからね、これから育とうね、これから成長しようね、大丈夫、大丈夫、と言い聞かせている。

ただこの表現ではおそらくうまく伝わらず「それはお前が逃げてるだけじゃん、甘えんな」と思われると思うので、例え話をする。

私が今、中学生だとする。

私は中学校で数学の授業を受けている。もちろん、中学レベルの数学だ。周囲がそれなりに授業についていけている中、私には内容がさっぱり分からない。なぜなら私は小学校の掛け算の計算の時点で躓いているからである。というのも、小学校で掛け算を習うその時期に、家庭の事情で親戚をたらい回しにされ全国を転々とし、授業の引き継ぎが上手く行かなかったからである。

周りは、私が掛け算の時点で躓いていることを知らない。ましてその理由が簡単に他人に口外できないような深刻で子どもには不可避な家庭の事情であることなど想定外中の想定外である。

だから、私のことを"自分と同じように勉強しているはずなのに理解力が足りないクズ"と思い込んで「馬鹿だ」とか「こんな問題も分かんねえのかよwww」とか「地頭の問題」とか言ってマウンティングしてきたり、心の中で蔑んだりしている。

しかし私は、自分で「今中学校の数学がわからないのは掛け算が分からないからだ」と分かっているし、何が原因で掛け算が分からないかも分かっているし、その頃の自分にはその原因が回避できないものであったことも分かっている。

だから、私はそれらの罵倒やマウンティングを本質をついていないものであると見なし、本気にとらない。

それらの意地の悪い言葉に気を病み、「私は中学校の数学が分からない、どうしよう、皆はできるのになんで私にはできないの!?」と中学校の数学に必死に縋り付いて見様見真似で因数分解やら代入やら置換やらをやり続けるよりも、一人で掛け算の計算に戻ってそこから勉強し直す方が良いと考える。

周りから遅れていて当然である。中学校の数学の授業が分からなくて当然である。皆のようにできなくて当然である。

基礎が整っていなければ応用はできない。
基礎が整っていなければ次のステップには進めない。

昨日足し算引き算を勉強していた子に今日平方根の計算を教えても身につかない。

だから、私は皆と同じ年齢で皆と同じ中学校の数学の授業を受け同じテストを受けなければならないが、まず私がすべきことは小学校の算数の勉強である。

だから私は、彼らの思い込みの嫌味や悪口を(時々凹みながらも)受け流し、自分のやるべきことをやる。



これが私の、スタンスである。
これだけ長々と書いたけれど、結局分かりにくいかもしれない。

私はたしかに同世代の人たちと同じ土俵で同じような環境で競わなければならないが、私がやるべきことは、学ぶべきことは、獲得していくべきことは、その土俵とは違う場所にある。と思っている。

だからこそ、自分自身に同世代と同じレベルを求めないことにしている。私が習得すべきなのはそのレベルのことではなく、もっと初歩的なことだから。

小学校の算数が分からない人間は、中学校の数学で周りと競うべきではない。まず算数のわからない部分から一つずつ完成させていくべきだ。

人格・経験・能力・知識を獲得する機会を長く失っていた人間は、それらをそれなりに持っていた人間と比べるべきではない。獲得できていない人格・経験・能力・知識を獲得できていない部分から一つずつ積み重ねて彼らを追うべきだ。

と思って生きている。


長くなりました。ごめんね。
読んでくださってありがとうございます。
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posted by ヤナ at 22:37| Comment(2) | 精神的なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

家庭か仕事の2択しかないのはなぜ?



最近、就活をするにあたって「結婚は早めにしたい」とか「結婚したら専業主婦になりたい/なりたくない」とかいう話題になる。

そんな中Aセクの私が「結婚しない」と言うと「仕事バリバリやるんだね!」「バリキャリのできる女になりそう!」「仕事に専念か〜」などと言われる。

いや、

なんで家庭を持たない人間は総じて仕事を頑張らなきゃいけないの????

私は家庭を持つことも仕事でいい役職になることもどっちにも興味ねーよ

私の人生を生きさせろよ

なんか本当に腹が立つのは、家庭を持たないってことが可哀想みたいな雰囲気をフォローして拭うために「仕事一筋」って言っている節のある人間もいるってことよね。

なんなの?皆の人生は家庭と仕事しか選択肢がないの?

日々生きるのに困窮するような給料しかもらえないのならその二択になるのは分かるけど、今家賃入れて月8万で暮らしてる私から言わせれば普通に就職できたら少し生活に余裕が出るんですよ。手取り15万でも少し豊かになるわけ。

ってなったら家庭と仕事以外にもステータス割り振れるでしょ?

なんで家庭にステ振りしないなら速攻で仕事にステ振りすることになるの?


あと、全然違う話だけど、個人的に気になるのは、こういう反応をされるのは私が社会的に女だからですか????

男でも成り立つかなって考えてみたけど分かんないわ。

家庭を持つ気はないって言った男は仕事にステ振りすんだろうなと思われるのは想像できる。

でも仕事に力を入れるつもりはないって言った男は…?

家庭にステ振りするとは思われないだろうし、そもそもそういう発言をすることが許される雰囲気ではないのでは?この社会は。クズと思われる可能性すらあるよね。

男の人は家庭と仕事をどちらにもステ振りするのが普通で、それでも切り捨てるなら家庭ってのが日本社会の一般的な見方かな。

女の人は家庭か仕事のどちらかを切り捨てなきゃいけないってのが一般的かな。


話外れたけど、とにかく私は家庭を拒否すると仕事中心に生きると決めつけられるのが納得いかない。どちらにも興味ない。他のことさせろ。

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posted by ヤナ at 15:20| Comment(2) | 分からないこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

やっとマイナビを使い始めた



久しぶりの就活生日記ですね。

久しぶりになるべくしてなっています。何もしてなかったからね。

久しぶりに大学の友人(留学仲間)と会ったら、皆「何もしてないよ〜」とか言いながらちゃっかり就活準備をしてらしたので、焦ってやっとマイナビを今日まともに開いたのがヤナさんだよ!

皆インターンシップ決まったーとか探してるーとかエントリーシートが5日までだから書かなきゃーとか言っていて、すごいなあって。

エントリーシートを書いてまで出たいインターンシップなんて私にゃあまだないよ。
なんせ業界決まってないしね。

なんとなーくふわふわっとしか考えられていない。

例えば、IT業界に行ったらプログラミングを会社で学ぶことができるはずだから、そこで手に職を付けてゆくゆくは留学先に戻れたらな、とか、スペイン語圏に行けたらな、とか。

あとは全国転勤、海外転勤めっちゃしたいので、支店やら事業所が世界中/日本中にある会社がいいなあとか。特に西日本がいいな。未知。

給料も低いと困るし、年間休日は120日以上がいいし、残業も少ない方がいい。基本給に固定残業代が含まれてるのもなんか怖いので避けたい。

商社は転勤多いって聞くけど私の性格にあってない気がするので様子見。

私のバイト先の系列もとりあえず受けてみるかなー、とかさ。

うーん、でもまだ業界研究とか全然してなくってどの業界がどんなことをしてるかとか分かってないから、とにかく沢山いろんな業界のインターンに行ったほうがいいのかもね。

ノルマがあるとかいう銀行やら保険会社やら不動産関連はなんか怖いなとは思う。

てか、Twitterにも書いたけど、モニター応募を数撃ちゃ当たるでバンバン応募している癖でインターンシップの申し込みも結構な量を送ってしまっているので怖い。慣れって恐い。

まあ選考へのエントリーより前にこういう感じで気軽に突撃する練習をするのは良いぞ。

さて、私来年の今頃はどんなになってるんだろう…

とりあえず、そういう活動に加えて猫背の矯正と表情の改善、話し方に抑揚をつける練習なんかもやらなくては。

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posted by ヤナ at 22:28| Comment(0) | 就活生日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

気が滅入ってきたので明るい話をしよう



鬱の本とか毒親のこととか将来のこととか就活のこととかメンタルのこととか考えてたら本格的に気が滅入ってきたので、何か明るい話をしようと思う。

ポケットキャンプどうぶつの森だかなんだかのアプリを、数日前に消した。

単純に飽きた。

DSのどうぶつの森も持っていたが、特にお気に入りの住民などはおらず、今回のポケ森でも住民を増やしたり家具などをコンプリートしたりおしゃれしたりお部屋のコーディネートをしたりといった作業に全く熱意を持てなかった。

そりゃしょうがないね。

基本的に私は携帯アプリゲームをダウンロードしてから結構短い期間でクリアもせずにアンインストールしてしまう質だ。すぐ目的を見いだせなくなるので。だからしょうがない。

でもそれと入れ替えで他のアプリをダウンロードした。

超放置ゲー「旅かえる」である。

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この画像は私のアプリのスクショだが、肝心のカエルが旅に出てしまっていて見当たらなかったのでお友達の「まいまい」のスクショを撮った。

ダウンロードした後に知ったが、あの「ねこあつめ」の制作スタッフか何かが作った新しいアプリらしい。

内容は簡単。旅好きのアマガエルっぽい緑の蛙のためにクローバーを収穫して持ち物を買い、旅の支度をしてあげる。するとカエルが旅から帰ってきたときに写真やお土産をくれる。

ただそれだけのゲームである。

このゲームの何が好きかというと、時間の経過がとっても長い。

蛙が旅に出るのは蛙のタイミングであるので、こちらができるのは本当にただただ旅の支度をしてあげるだけ。帰ってくるタイミングも然り。そしてこれが結構な長旅をしてくる。数時間とか。

そしてまたクローバーが生えてくるのにも結構な時間がかかる。ちゃんと見てないのでわからないが、まあ普通に30分ぐらいは生えてこない。からあまりクローバーも溜まらない。

でもだからこそ超放置ゲーであり、他のゲームのようにレベル上げやらコレクションやらに囚われなくて済む。

このゲーム、好きです。
posted by ヤナ at 22:57| Comment(0) | アプリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする