2017年11月24日

人間が怖い



例の怖い友人もとい怖い同級生が怖くて人間が怖い

ちょっと大学で会って数分雑談する程度なら良い子だなーと思っていたけど、ずっといるのは正直しんどかった

なんなら行きの道中で既に違和感はあった。

しかもさ、2週間ぐらい一緒にいてさ、一人でいる時間なんてほぼなかったわけ。部屋も一緒だし。

で、しんどかったの。
結構酷いこととかキツイこととか言ってくるの。私と話すときだけイライラを隠さない感じ。周りにはニコニコしてるのに私には冷たく当たる感じでさ。

本人も自分が短気であることはわかってるみたいだけど、自覚してるからって私がそれを向けられる筋合いはないんだけど、向けてくるからしょうがないよね。

あとは色んな人にその場にいない人の悪口を言っていたので、私のことも相当言ってるんだろうなって。

私もう初期の段階でその同級生に話しかけるのも怖かったもん。

なんというか、今まで親しくならなかったに相応しい人だよね。

そんなこんなでその子が怖くて、帰ってきてからも人間が怖くなってしまった。

ビクビクしてしまう、酷いこと言われるんじゃないかーとか、私の存在自体が迷惑なんじゃないかーとか、上手くできなかったら…上手くできてなかったら…とか。

いや、本当に、今回ので私はあの子のこと嫌いになったよ。学校で同じ授業とったりしてるから顔ぐらいは見るだろうけど、できるだけ避けて生きようと思う。

なんで私がこんな目に合わなきゃならなかったのかもよくわからないし、あっちも全く悪気がないというか、自分がひどい扱いをしたという自覚がないんだと思う。SNSとか見てる限り。ふふ。

まあ酷いことしたなって思ってもSNSで言わないだろうけど、「彼氏に会ったら泣いちゃった、私思ってたより辛かったんだな」みたいなこと言っていて、散々とばっちり受けて捌け口にされた私の気持ちはどうすればいいの?ってかんじ。なんか…うん…私も辛かったよ、君にストレスの捌け口にされて酷い扱い受けて…ってかんじ…

まあ多分もう彼女の中で私は「蔑んだりマウンティングしたりサンドバッグにしていい存在」という位置づけにされちゃったんだろうから、それらの言動に罪悪感を持つ価値もないんだろうさ。

彼女のせいで、全ての人が私に攻撃したり悪意を持っていたり敵意を持っていたりするんじゃないかとビクビク怯えてしまうようになった。ずっと仲のいい友達にさえ敬語使ったりしてしまった。話す声が小さくなってしまった。他人に具体的な相槌を打てなくなってしまった。

しんどいなあ、しんどい

でもさ、無理に自分を褒めるとしたらさ、そこで私が一人負けを背負ってなかったら確実にこんな穏便に終わってないよ?

そりゃあアッチも私に苛ついたりしたんだろうけど、あっちが私にそれらをぶつけて攻撃してきたのに大して、私はやり返さなかったからな。ここで愚痴は言ってるけど。本人に言わないの偉いよ。攻撃しないの偉い。やり返さないの偉い。偉いよ私、よく言えば平和主義だよ。悪く言えば抵抗のできない都合の良い人形。


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posted by ヤナ at 19:59| Comment(0) | 嫌い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

小説が読めないのは効率至上主義のせいかもしれない?



私前にもこの「嫌い」カテゴリーで本が読めないだか小説が読めないだかって投稿をしたんですがね。

本の中でも特に小説が読めないんだって話をしたわけです。論文みたいのならまだ読めると。

で、なんでかな~って考えたときに、効率至上主義的な考えが根っこにあるからかなあって。うちの毒母から植え付けられた効率至上主義よ。

まあうちの毒母は自称文学少女らしいですけどね。

結局、小説だと殆どが何かしらのフィクションだから、自分で調べない限りは小説内の事象が現実で存在するのかしないのか、正しいのか正しくないのか分からないわけです。で、私はそこの事実関係を自分で調べたくない。手間だと思ってしまう。

だったら最初からフィクションや嘘を書けない論文やエッセーのほうがいいでしょうって思考回路なんですよね、きっと。調査する作業が減るから、効率的だってなってるんだと思う。

多分同じような理由でドラマや映画にも興味がなかったんだろうなあ。

最近はわりとそれらも気になって触れるようにはなったけれど。

ただそうなるとじゃあなぜお前は漫画やらアニメやらを好んでいたのか?って話になるけれど、それは多分、明らかに三次元化できないものというか、実物でない、実際出ない、絵や映像があちらから提供されていることで、もはや現実味がなく全てフィクションだと思いこめるからじゃないだろうか。

つまり、文字媒体というのは、現実である可能性を感じてしまうのよね、私は。でもアニメや漫画には現実である可能性を感じない。

たとえば、小説で「親メダカは自らが産んだ卵を食べる」と書かれると「えっ、そうなんだ」と思ってしまうけど漫画やアニメで同じことを言われても「ほんとかよ?」と思ってしまう、みたいな。

話はそれたけれど、そういうことで多分私の読書嫌いは私が真実と嘘を見分けられないことと事実関係を暴くのが億劫であることによるのだと思う。

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posted by ヤナ at 19:51| Comment(0) | 嫌い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月26日

必要に迫られて旅行に来たよ


前に「嫌いなこと」として旅行を挙げてブログ記事を書いたじゃないですか。

性懲りもなく旅行に来たよー。

しかも一人旅。

しかも海外。

なんかね、実際旅行が嫌いなのはそりゃあ計画やら荷物詰めやら願望の不足やらもあるけど、毒親と旅行行って良かった思い出がないのもあると思うんだよね。

いっつも親が喧嘩してさ、私に毒母は毒父の愚痴を本人の目の前で言ってくるしさ。毒父はそのせいで孤独を強めて一人で行動しようとして余計に毒母から批判を受けるしさ。そんで私が子どもの無邪気をてらって仲を取り持つ、みたいな。

そういやあ子どもの無邪気をてらうっていうシーンというか説明が太宰治の人間失格に出てくるけど、あれ最初「子どもそんなことまで考えられないだろ、まあ小説だからな」と思ってたけど、最近分かるようになった、自分が親とか親戚が喧嘩しないように「無垢な子どもがいる前で喧嘩できない」って思わせるために純真無垢気に振る舞ってたことに気づいて。雲行きが怪しくなるとわざとそれに気づいてないふりして明るい子どもっぽい話をし始めたりさ。

つらいね。


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posted by ヤナ at 07:04| Comment(0) | 嫌い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

旅行が嫌い



旅行が嫌いです。
一人だろうが複数人だろうが嫌い。
まあ誘われたら行くんだけど…

まずね、計画するのが嫌い。
行きたいところとかないんよね。だから計画できない。別に行きたくないから。どうでもいい。一人旅なら現地行ってからでもいっかってなるけど、複数人だと相手も自分の行きたいとこばっかで申し訳ないって思うみたいだし、私も旅行計画に協力できない人になってしまって申し訳ない。

あと、荷詰めも嫌い。
何詰めていいかわからない。ので詰めるものの計画を立てなければならない。もう全てがだるい。別にそんなに行きたいわけでもないのにこんなにだるいことを乗り越えなければならないのが納得いかない。そんで詰めるとスッカスカになって何か足りないんじゃないかと不安になる。で、結局足りない。生きるのに必要最低限のものぐらいしか入ってないから。そんで複数人のときは友人に借りる。

旅行中も嫌い。
計画に沿うのが苦手。地図は読めるけどそこまで行きたくないのにこんなに苦労して行くの?ってなる。でも複数人だと計画に従うしかない。あと複数人だと個人個人の生活習慣に気を配ったり振り回されたりしなきゃないのでつらい。私は旅行先であんまりホテルとかにいないで外に出たいタイプなんだけど、いつまでも携帯いじってたりされるとイライラしてしまう。あとは暗くて音がないところでしか寝れないから気を使って相手が寝るっていうまで待ってたのに寝落ちされてたとか。

でもこう書き出してみると「行きたいところがない」っていうのが一番問題なんだろうね。行きたいとこがないのに労力を払うっていうだるさだろう。

逆に無計画でみんなしてバーンと行って連れ回してくれるっていうのは最高

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posted by ヤナ at 23:23| Comment(0) | 嫌い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする