2017年10月18日

恋愛イベントは私には起こらないという自信



恋愛関連のイベントは私には起こらないだろうという自信がある。なぜかある。反例もある。

長期(1〜2週間)のインターンシップに行くことになった。コネで。仲いい子のコネで。

それまでに行ったことがある子2人から体験談を聞いたところ、驚いたことに、2人とも1週間しか行っていないのにその間にインターンシップ先の人から告白されたらしい。

いや、たしかに2人とも魅力的な方ですよ。魅力的っていうかいい子。素敵な子。心が優しい明るい子。恋愛しない私が魅力的とか言ってもあんまり説得力ないからね。

でもさ、いうてたったの1週間だよ???たったの1週間インターンシップ行っただけで告白される???超怖いね???しかもインターンって今後その会社に入る可能性もあってのものじゃん?それも考慮して告白してる?してないよね?何それ怖い???

でも私はそれでも行こうと思ったよ。私には恋愛イベントは起こらないという自信があるから。

起こったら本当に無理。体調を崩すぐらい無理。

あの、私恋愛嫌悪なので、恋愛対象にされてると分かった時点でストレスかかるんですよね。性嫌悪もあるから性対象の場合もなんですけど。

具体的に言うと、こいつ私の事好きなんじゃね?と分かった時点で気持ち悪くてご飯食べれなくなるし思いつめるし死にたくなる。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

正直まあ自傷の一種としての拒食気味なんじゃないかとは思いますけどね。食べなければゆくゆくは死ねるし。

とりあえず他人に恋愛対象や性対象にされることへの嫌悪感と自傷してしまうようになることが辛いのでとても迷惑です。

だからこそ恋愛対象や性対象から外れるように行動して生きてきた面もあるのだと思う。

まあそこは別の機会に話すとして、にも関わらず色恋沙汰は起こらないという謎の根拠のない自信があります。なぜだろう。知らない。
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posted by ヤナ at 20:37| Comment(0) | セクシャルマイノリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

この世には恋愛する人間のほうが多いということに実感がわかなさすぎる


私は堂々と恋愛行動をされない限りこの世の人全てを恋愛しない存在だと思い込んでいる節がある。

いや、これは本当に、私が少数派でマイノリティで社会的弱者の立場だからさらっと流されて許されていることで、結局は異性愛者の人が同性愛者やら両性愛者やらその他の性的指向を持つ人々にやっていることと全く変わらないのだけれどさ。

それこそ、「全ての人類が(自分と同じ)異性愛者だと思いこんでいる」って状態の、Aセクシャル版よね、いわば。

「全ての(それを発露していない)人類が(自分と同じ)恋愛をしない人間だと思いこんでいる」のが私です。

でもまあ恋愛する方々は私がそんな思い込みを無意識にしているとも思わないし、恋愛する人間だとカミングアウトすることで不利益になることが一切ないので、平気で突然恋愛の話をしだしたりアウティングまがいのことをするんだけれど。

私からすれば、私が恋愛しないんだろうなと勝手に思い込んでいた恋愛っ気のない人が突然自身の恋愛の話とかしだすとさらっとカミングアウトされた衝撃と動揺を感じるし、恋愛しないんだろうなと勝手に思い込んでいた他人の恋愛の噂話とかされるとアウティングだと思うし。

正直この辺の折り合いは自分の中でもついていない。

マジョリティと同じような構造の偏見を私が持っているのはよくないというのは分かるけど、これをどうやって改善するのか、その偏見と果たして本当に同じものなのかそれとも違うのかなどなど、まだ冷静に考えきれない。

とまあそういうわけで、今日も突然アウティングされてびっくらこいたのよね。

この人恋愛するの…嘘でしょ…って人の恋愛の噂を聞いてさ、驚いた。私の見ている世界では恋愛しない人って沢山いるのに、他の人が見ている世界だと恋愛する人しかいないんだなって。

皆が「えー!その人、あの子が好きなのー!?」って言ってるところで私は「えー!その人、恋愛する人だったのー!?」って思ってたわけです。

そしてそこから「前にも何度も気付かされたけど、本当にこの世には恋愛する人間のほうが圧倒的に多いんだな…あんなに恋愛しなさそうな人でも恋愛するんだから私が恋愛しなさそうと思っている人皆きっと恋愛するんだろうな…そんな世界想像できない…意味わかんない…どういうことなの…」って思考が流れていって一人だけ難しい顔していた。

良くないのは知っている。知っているけど、素直になんの脚色も隠しもせず自分の感じたことを言葉にすると、「(私の想像の範疇を大幅に超えていて)意味がわからない…」になってしまう。

恋愛する人が圧倒的多数の世界がうまく把握できない。うまく理解できない。うまく信じられない。こんなにずっとこの世界で生きているのに。

まあ実際は私が恋愛関係のことが苦手だから恋愛関連の話する人とかとあんまり親しくならない傾向があることにはあるんだけれど。

私は早く世界を歪みなく認識したい。

私がAセクだと友だちにカミングアウトできたら楽なのになーと思うけど、実際問題ちゃんと尊重してくれる人ってほとんどいないと思う。いい子ばかりだしやってみないと分かんないけど、まあ彼らの専門分野じゃないからね、何言ってくるかわかんないよね。

でもやっぱり今日みたいに恋バナされて「恋愛するの!?」って思ったときに「恋愛するの!?」って言えず皆とは他の理由で驚いたということを隠しながら全く共感できないことをふむふむと興味ありげに動揺しながら聞いているのは精神にとって少し負担だと思う。

特に最近は言いたいことを言ってしまいがちなので、余計言いたいことを言えないのがつらい。

あとは溝を感じるし。

やっぱ言えないことが多いのって他人との溝が多いってことかなって最近思う。

隠し事するのも嘘つき続けるのも言葉を飲み込むのも全部ちょっとずつ小さな辛さが積み重なって大きな辛さになるんだよ。

ということでまあ、なんというか、私自身の世界の認識を修正したいっていうのと、人にオープンにしてしまって楽になりたいっていうのが目下の欲望です。
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posted by ヤナ at 23:30| Comment(0) | セクシャルマイノリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

世界がマイルドになった


最近ね、自分の中で色々変化があったなって思うんです。

ほら、私、あの、元FTM自認じゃないですか?男になりたかったんですよね、昔ね。昔って言ってもそんなに昔じゃないけど、人生の半分以上男になりたいと思って生きてきたけど。なんなら正直1年前ぐらいまでは男と女の2つの選択肢しかないなら男になりたいと思ってたけどね。

今はXジェンダー自認でやってますけど、FTM時代の名残があるんですよね、思想とか感覚にね。それに、Xって結局男でも女でもないわけだから、体が女の女体持ちな時点で女らしく女っぽいことしてたらそれ女じゃんってなってしまう気がして。実際はそんなこと全然ないんですけど、なんせ男になりたかったから、女っぽいものとか女っぽいことに生きている拒否感が強くって。

だからスカートとかフリルとかリボンとかダンスとか化粧とか美容とか長髪とかセクシーとかなんかそういういわゆる世間のフェミニンなイメージというか、いやもしかしたら世間のじゃなくて私の幼少期からこさえた特有のジェンダー観なのかもしれないけど、とにかくそういうのを避けて避けて嫌って嫌って生きてきたんです。

でもなんか最近角が取れてきたというか、丸くなってきたというか、ちょっとそういうものもできるようになってきた気がする。まだやってないから分からないけど多分できる気がする。謎の自信。

っていうのも、ここ1年ぐらい思考の細分化が進みまして、「心の性」「体の性」「社会的な性」「表出する性」って関連性ないよなって思うようになって。まあ実際にないんじゃないかと思うんですけど。

今までの私は「心の性」と「体の性」が違うのは知っていたけれど「社会的な性」は「心の性」に対応している(するべきな)はずだし「表出する性」も「心の性」に基づくものだと無意識に思っていて、区別して考えたことがなかったんです。だから私は女体持ちのXジェンダーだから表出する性をXにするために男っぽい要素を増やして女っぽい要素を減らすことでお互いを相殺して、体自体と表出するジェンダーでプラマイゼロにしなければって思ってたんだろうなって。

でも最近はもう、なんか、ある意味どうでも良くなってきたというか。疲れてしまったというか。諦めてしまったというか。半ば思考停止のようなことなのかもなとも思うんですが、それでもまず「社会的な性」が女性で「表出する性」がフェミニンでも前より耐えられるようになった気がするんです。FTM時代から考えれば、それを耐えられるということ自体が目覚ましい変化なんですよね。

私が思うに、多分自己肯定感が上がったからかもしれないなって。

他人が私を社会的に女性として扱おうが、私が私のことを「女性ではない」と分かっていればそれで大丈夫。

私の見た目が女性に見えようが、私が私のことを「女性ではない」と知っていれば大丈夫。

っていう気持ち。

まあ性差別受けたりハラスメント受けたりしたら別なんですけど。「お前らが勝手に俺のこと女だと思ってるだけだろ」とか「好きで女体に生まれたわけじゃねえよ」とか「だから生きてるのが嫌」とか思っちゃうんですけど。

Xジェンダーって結局ジェンダーであってセクシャルじゃないんですよね。Xセクシャルじゃない。
だから社会が男女二元論を捨てたときにXジェンダーはXジェンダーと自認する必要もなくなると思うし苦しんだり悩んだりする必要もなくなると思うんです。

社会的にXと扱われればそれでいい。体の性別をXにしようとは思わない、と。
いや、勿論周りからXとして扱われるためには体をいじる必要があるという方もいらっしゃるんですけどね。現に私1人そういう知り合いがいます。Xジェンダーで性転換手術した人。性転換という単語自体がもう男女二元論に基づいた単語だからXの人の手術についてふさわしくないなと思うんですけど、他に単語を知らないので。

まあ、だから、性別による扱いの差異とかジェンダー規範がない世界では、Xジェンダーって生まれないんじゃないかなってちょっと思って。わかんないけど。私の推測でしかないけど。

あー、この記事何が言いたかったんだっけ…(笑)

まあつまるところ、私は私の中にそういうニュートラルな世界を築くことで「社会的な性」「表出する性」が女性的であることも受け入れることができるようになってきているのだと思う。

もう過去のFTM期の価値観、ジェンダー観に縛られない人生を送ります。

これから私の人生は開けます。

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posted by ヤナ at 02:30| Comment(0) | セクシャルマイノリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月22日

女顔なのが嫌だった



前に別の記事で私昔男になりたかったって言ったじゃないですか?FTM期。

あれ本当に小さい頃からだったんですよね。うちの小学校って廊下に鏡とか結構置いてあったりして、低学年のある日学校に着いてふとその鏡を見たときに気づいてしまったんです。

「私女顔だ」

と。

それから家だろうが学校だろうが私は鏡が見れなくなりました。だから朝髪の毛はとかさなかったし、歯磨きはずっと俯いてしていたし。男になりたいのに自分の見た目が作りが完全に女って地獄じゃないですか。大して成長していない段階で遺伝子が女に見えるように整っていることの辛さ。

多分中学の頃はまだ鏡見るの嫌いだった気がする。高校のどこかで大丈夫になったか、大学入ってから毒親から離れてやっと自分をありのまま見つめられるようになったか。

そう。それで、私その小学生のころの「私は女顔」という気づきからずっと私は女顔なんだ…と気を重くしてたわけです。

実際に、中学のとき友人に「ジャージのヤナは後ろから見ると男子に見えるけど前から見ると女顔だから女って分かる」と言われ、やっぱり私女顔なんだ…と思ったのが強く印象に残っている。

ただ、大学で、何かの流れで友人に「私女顔だから…」としゅんとしながら言ったら「えっそんなこと考えて生きてるの?」と言われたんですよね。そのときに初めて「性違和がない人は男顔とか女顔とか気にして生きてないのか」って知ったんです。

すごい衝撃だった。

ずっとマイナス面として心の負担になってたけど、これも性違和のせいだったのかって。

これ性違和のない人にどう説明したら分かるのかな…

例えば、足が短いことを幼い頃から気にして生きてきて、何かの拍子に「私足短いから…」ってコンプレックスをさりげなく打ち明けたら「えっそんなん気にして生きてんの?」って言われた感じ。えー!皆足短いか気にしてないの!?皆自分が足短いか長いか考えたことないの!?えー!ってかんじかな?

まあ私短足コンプレックスもあるんですけどねー。短足というか座高が高いというか。スタイルが悪くてねーしんどいよね。遺伝子だからしゃあないなって思うしか心を紛らわせる方法がない。

まあそんなわけで私は女顔の自分が嫌いすぎて見たくなさすぎて鏡を拒否していた。わりと小学校の廊下歩くのきつかったなあ、そこらに鏡があるから。次第に鏡がある場所を覚えてそこを通らないようにしたりするようになってました。

でも女顔の割には男に間違えられるけどね。髪短いからかな。高校まではリアルに男だと間違えられた経験がある。大学入ってからは髪短くしたら「誰!?男かよ!」と言われるぐらいかな。

男と間違えられるのが嬉しかったなあ、昔は特に。今も「かわいいね」とか「女の子っぽいね」よりも「かっこいい」とか「男かと思った」のほうが嬉しい。嬉しいというか、素直に心から喜べる。

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posted by ヤナ at 14:19| Comment(0) | セクシャルマイノリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

女に生まれたけど男になりたかった私のFTM期の話



前の記事(「女の子になりたい男の子〜同性夫婦の里子〜【caso cerrado】」http://serhumano.seesaa.net/article/451907726.html)ね、私に重ね合わせちゃってだめだよね…

私もずっと中3まで男になりたくてさ。それこそ中学生の頃って第二次性徴で身体が女らしくなろうとしてきて、毎日死にたくって。もちろん制服のスカートも死にたさアップさせてきたしさ。

私の場合は途中で「男になりたいんじゃなくて女でいたくないんだ」って分かったから結果的にホルモン注射とかしなくてよかったパターンなんだけれど、第二次性徴の辛さとか死にたさとかも全部分かるからさ。辛くて。

なんか前記事の子どもは、第二次性徴がどんな成長をするか想像できてなさそうだなって。今のままの体の特徴で大きくなるイメージしてそう。身体が現状維持じゃなく男らしく成長してしまうんだって分かってなさそう。

かくいう私も男になりたいと思ってた頃の男のイメージは「ヒゲ」「男性器」「筋肉」とかじゃなくって「背が高い」「おっぱいが出ない」とかだったなーって。いやまあ20歳になったら性転換手術して男性器つけるんだって小1から思ってたけど、あれは「女でいたくないなら男になりたいんだろう、じゃあチンコが必要だな!」という男女二元論に基づいていたわけで、まあ幼かったからなあ、ってかんじ。

いやあしかし、性違和って実際に体験しないと分からないんだろうねってさ。私なんだかんだで性違和持ちにしては恵まれた成長したと思うんだよね。身長もうちの母親と父親の身長から見積もると最大限成長したし、胸も貧乳ってレベルじゃないしさ。微乳か無乳か。

ただここで注目してほしいのは、

"女になりたくないだけで結局よく考えたら男になりたかったわけではなかった"子どもが

"微乳、無乳レベルの第二次性徴"で

"数年間鬱病レベル(病院に行かせてもらえず診断がないので正確には分からない)で死にたかった"

ってことかなってさ。

これが本当にトランスセクシャルだったらあれ以上の地獄だよ?想像したくもないし今生きてる周囲の理解がなかったトランスの人ほんとサバイバーだよ。よく生き延びたねえって。涙出ちゃいそう。

実際私もよく生きてたなあって思うもの、今思い返しても。そりゃあ毒親云々もあったけどさ。死んでないのがすごすぎるしあの頃の精神が強すぎる。鋼の精神。今なら耐えられないもの絶対。思春期なのに偉い!
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posted by ヤナ at 13:21| Comment(0) | セクシャルマイノリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

男になりたくて練習したから声が低いんです。



留学中。
ホストファミリーの中に韓国留学したことがある子がいて、その子いわく「韓国語は喉から声出しがち。猫なで声みたいな感じ」。

それを聞いたその子の家族から「日本語で喋ってみて」と言われて喋ったら日本語はそういう発音はしないんだね、と。

するとその子の妹が「私の声ってどんな感じ!?」と言い出し、男の声とか女の声とか声が高いとか低いとかの話をしていた。彼ら的には韓国語は猫なで声で、いわゆる「親に何かをねだる声」らしい。

で、日本の女の人は声高いよって話をしたのさ。私の専門分野とかそっち系だから。
実際に男尊女卑の強さに比例して女性の声が高くなるという調査結果がある。男のほうが社会的に強いから女は男に従属していないとうまく生きれないようになっていて、まあ動物見てれば分かると思うけど赤ちゃんはわりと高い声で鳴いて親を呼ぶし威嚇するときは低い声出しがちなわけで、低い声は相手にちょっと楯突いているような悪い印象を起こしかねないので、自然と男性に楯突くような悪い印象を与えたら致命的な社会でほど女性は高い声を出すと。

あとさ、お母さんとかが電話出ると高い声になったりしなかった?
あれも相手に敵意がないよって示すためだと思うんだよね、私的に。声を高くすることで敵意のなさを示す。

って話をなんとなーくしたら、友だちの妹が(私の専門分野を踏まえて)、

「だからヤナの声は普通なんだね!」

って言ってきたのさ。
つまり、男尊女卑への屈しなさ、的な。


でもね、それは悲しいことに違うんや…いや悲しくないけど…

私の声が日本では低めなのは私が昔男になりたくてわざわざ声低めに出して練習してたらその声が定着したからだよ…

性自認変わりすぎな人生だからねー

でもそんなこと言えないわけ。信頼してるけど彼らの宗教的に同性愛すらタブーだからね。一度「男と女が結婚しなければならないし、男と女は子どもを産まなければならない」としつこく説かれたことがあってだな。私が「結婚もしないし子どもも産まないし恋人も作らない」的なことを言ったときね。「じゃあ死んだほうがマシだわ」って言ったら「今はね!嫌かもしれないけどいつかはそうなるしそうしなきゃだめだからね!」から譲らない彼ら。そもそも私君らと同じ宗教じゃないし、私の人生設計にとやかく口出しされる筋合いは他人である以上全くないんだけどね〜〜!!!!!

それに関しては根に持ってるわ。わしの人生好きにさせろや。
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posted by ヤナ at 04:24| Comment(0) | セクシャルマイノリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする